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mixiについて思う事 (mixi 2006年06月15日)

ミクシィ始めてみました。最初は面倒そうなのに、みんなよくやるわー、と思っていましたが、自分もやらせて頂く事にしました。始めた理由は、やったことも無いのに批判するのは良くないと思った事と、かなりの人数の人がミクシィをやっている事です。
世の中には、良く知りもしないのに、すぐ批判したがる人が多くいるように思います。自分もそのうちの一人ですが。特に、新しい事は、意味がないと批判されがちです。例えば、携帯にカメラがつき始めたときは、必要ねえと言う人がたくさんいましたが、今はほとんどの携帯にその機能が付いています。きっと、必要ないといっていた人も今はその機能を使っている事でしょう。今の世の中は、需要があってから、供給されるのではなく、供給されてから、みんなが使い始めるっていう形が増えているように思えます。今の時代、特に日本はサチッて(飽和:saturation)ますからね、新しい概念を作り出していかないと、商売成り立っていかないんでしょうね。何の役に立つかは分からないけど、とりあえず作る。そして応用はいろんなところでされるから、大丈夫な事が多いですね、きっと。ミクシィもそんな感じを僕は受けています。
もう一つ目の理由として、ミクシィ利用者が増えたという事ですが、利用者が多いというのは、利用者にとってとても意味のある事だと思います。また、携帯の話になってしまいますが、僕が中学生の頃に携帯を持つ人が急激に増えてきたときだと思います。1994年から2000年の間が、大腸菌で言うとOD=0.6(成長速度が一番速いとき)でしたね。僕が中学生の頃はまだ、携帯を持ってない人の方が多かったです。ポケットベルがまだ生きていた時代でもありました。そのころは、みんな持っていないから、携帯持ってても誰にもかけれねえわていう状況だったと思います。しかし、今は誰でも持っているから、誰にでもすぐかけられ、とても便利だと思います。(わたくしの研究室にはまだ持ってないお方もいらっしゃいます。それはそれで、自分を貫いてる感じがして尊敬できますけどね)世の中、数がものを言うときは多いと思います。βマックスとVHSみたいな。たとえ、どんなに機能が優れていたとしても、ユーザーが少ないという事で、だめになっていったところは結構あると思います。互換性があれば、まだ救いですが。機器的要因よりも社会的要因に影響されることが多いです。大多数派から、そっちに移るって事を人はなかなかしないですからね。ユーザーが多いという事は、優れた機能の一つであると言えますね。ミクシィも今後、ミクシィ本来の機能よりも機能していくかもしれないと思いました。だから、僕は最先端を走るという事より、大多数派に乗っかるという生き方をしているような時が多いですね。
どうでもいいことばかり書いて申し訳なかったですが、ミクシィは単純に友人たちの日記とか見て楽しいですしね。こんな希薄な連帯感はいらないと言う人はたくさんいますが、離れている人とミクシィで繋がっていられる感は得られます。それに、今の時代忙しくて、なかなか実際に会うというのが難しくなっているし、時間が会ったとしても、なかなか会うって言う事にはならないから、ミクシィは良いんじゃないでしょうかと勝手に考察してみました。よろしくお願いします。

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